旅で人生は変えられない⑤(欧州編)
前回のあらすじ
人生初のヨーロッパに降り立った僕。高鳴る胸の鼓動は相変わらず抑えきれないままだった。
「東西冷戦時代」は東側諸国だったチェコ共和国・プラハとポーランド・ワルシャワを訪れた。観光地化が進んでいるプラハとビジネスの街として発展してきたワルシャワ。そこに住む人々の性質も大きく異なる。
ワルシャワでは「言語の壁」に直面し、詐欺師にお金を騙し取られてしまった僕は完全に気力を失っていた。しかし、帰国は2週間後。
ポーランドから逃げるかのように僕は、ドイツ・ベルリン行きの夜行バスに乗り込んだ。
(第5章) 分断
ドイツ国境付近。バスは急に停車した。
何が一体起きたのだろうか。僕は思わず目を覚ました。
しばらくすると、大きな銃を持ったドイツの警察官が車内に乗り込んできた。
乗客全員がパスポートを回収される。乗客の何人かがバスの車外に連れ出されていった。
「何が起きているんだ?」
10分後、警察官が戻ってきた。乗客全員にパスポートが返却される。あの時間は一体なんだったんだろうか。未だに謎である。
・ドイツ人
ベルリンの郊外にあるターミナルで降ろされた。ここから市内までは電車で移動しなければならない。
私はバスで隣に座っていたベトナム人の女性と仲良くなっていた。偶然にも彼女と目的地が同じだったため、一緒に向かうことにした。
ベルリンの電車の路線図は複雑で分かりづらい。自分たちがどの駅にいるのかも分からないし、何番の電車に乗ればいいのかも分からない。
現地の人に尋ねてみた。通勤ラッシュの時間帯で忙しそうだったが、親切丁寧に教えてくれた。英語も通じる。
ちなみにドイツは英語が公用語でない国のなかでは最も国民の英語能力が高いそうだ。
子どもから老人まで英語が話せる人がたくさんいる。
「ドイツ人の働き方は素晴らしい」「ドイツ人は残業をしない」「ドイツ人はみんな楽しそうに働く」
そんな話を聞いたことがある。
僕は朝、電車に乗るのが嫌いだ。これから職場に向かうサラリーマン、OLたちはみんな下を向いている。こっちまで気分が暗くなる。
「ドイツ人みたいな働き方をすればいいのに。」
僕はそんなことを思っていた。
だが、実際はどうだろうか。ドイツの朝の電車に乗ってみた。
ドイツ人だって電車のなかで下を向いている人は何人かいた。日本ほど重たいムードは車内に漂っていないが。少なくとも、歌ったり踊ったりしている人は一人もいない。ビジネスマン、学生らしき人たちのほとんどが疲れた目をしていた。
ヨーロッパ人だって皆がそれぞれ多少なりのストレスを抱えて生きているのだ。日本という社会が悪いんじゃない。大事なことは、
「自分はどう生きるか」
それに尽きるのではないだろうか。
・壁
目的地に到着し、ベトナム人の女性と別れた。散策スタートだ。
街中を歩いていて目につくものは、やはり「壁」だ。東西冷戦時代のベルリンは二つに分断されていた。その時の分断の象徴である「ベルリンの壁」は世界的にも有名だ。誰しも一度は教科書で見たことがあるだろう。今でも壁の一部はそのまま残されている。
壁は思っていたよりも高かった。そして二重構造になっており、当時はその間に警察犬や警官がいて逃走を図るものはその場で射殺された。
脱出に成功した者もいるなかで、命を落とした者もたくさんいた。それでも共産主義で貧しい生活を送っていた東ベルリンの人たちは、資本主義の西ベルリンへの逃走を試みた。
今でもこの「負の遺産」は当時のまま残されているため、ベルリンを訪れた際はぜひ足を運んでみてほしい。当時の人たちはどんな思いで壁を越えようとしていたのか、そこで感じ取ってもらいたい。
観光をするにもベルリンの街は充実している。 「ベルリン大聖堂」「ブランデンブルク門」などの定番スポットに加え、ショッピングも楽しめる。それに、ビールの美味しいレストランもたくさんある。
ベルリンでの2日間は充実していた。歴史を学び、大好きなビールをたくさん飲み、温泉にだって入れた。僕は完全に英気を養っていた。
僕は次の目的地であるフランクフルトに向かった。
・街の中心にあるスラム街
ベルリンからバスで6時間。フランクフルト中央駅のバス停で僕は降りた。
時刻は午前5時。まだ外は暗く、気温も低かった。僕は駅の構内に入った。
僕はすぐに異変を感じた。たくさんの浮浪者が駅のホームで寝ていた。ふらふらと歩きながら奇声を発している人もいた。
手を差し出して僕の背後をつけてくる人もいた。金が欲しいのか。ただ、ろれつが回っていなくて何を言っているのかさっぱり分からない。
「ここは危険だ。」
そう感じた僕は、スターバックスで外が明るくなるのを待った。
外が明るくなり駅の外に出た。駅の外にもホームレスや薬物中毒者と思しき人たちがたくさんいた。
フランクフルト中央駅周辺は治安が悪いことで有名だ。駅の周辺には売春宿が建ち並び、そこに多くのホームレスや薬物中毒者、マフィアが住み着いており、「スラム街」が形成されている。
フランクフルトは街の中心部にスラム街があるのだ。歩道には便器が設置されているが仕切りはない。住人はそこで用を足すため悪臭が漂っていた。白昼堂々と男たちが麻薬と思わしきものを手渡ししていた。このエリアは警察もなかなか手が出せずにいるそうだ。
そして僕は重大な問題に気付いた。なんと、僕の宿はこのスラム街にあったのだ。どうりで安いはずだ。
隣は売春宿と思わしき怪しい建物だった。インターホンを鳴らして、ホテルのフロントからカギを開けてもらう。セキュリティも厳重だ。
フランクフルトは一通り観光し、暗くなる前に宿に戻った。深夜過ぎに外を見ると、麻薬中毒者たちがゾンビのように徘徊していた。
フランクフルトの滞在は1日だけ。
次の日にベルギー・ブリュッセルに向かうべく、朝早くに宿を出た。外は多くの浮浪者たちが徘徊していた。
最大限の注意を払い、急ぎ足でスラム街を抜けた。
フランクフルト中央駅にもたくさん浮浪者がいた。
バスが停車していたので僕は足早に乗り込んだのであった。
⑥に続く